今年もやっと秋の気配がしてきましたね。
アッと言う間に冬が来ますよ。
今回は先シーズン横須賀に住む友人をゲレンデに連れて行った時の話です。

スキーとスノーボードって同じように見えますが、
ゲレンデで滑ることを除けば全然違うんです。

札幌出身の僕は小学生の頃、冬はとにかくスキー、
その頃の札幌には10個所くらいスキー場がありました。(今は少なくなりました)

冬の日曜日は、毎週のようにゲレンデに行き、
シュプール(ドイツ語で滑り痕)を描いていました。

1980年代のゲレンデではほとんどがスキーヤー、
スノーボーダーは変わり者、
スキーヤーの僕少年にとっては、こいつらがとにかく邪魔、
リフトやゴンドラに乗る時にフラフラしていて追突しそうだし、
スノーボードの板が幅広で場所をとって迷惑、
横向きで滑るのがとにかくウザい、
雪の上でサーフィンなんて発想がムカツク、
スノーボードを目の敵にしていました。

少年時代からハイペースにスキーへ行っていた僕は、
選手でもなければエスキモーでもないので、
中学生になるころには完全に飽きてしまい、
1990年代は2回しか行っていません。

何年も前のことですが、
僕は10年ぶりにゲレンデに向かっていました。
『スキー場懐かしい、ボードばっかりなのにスキー場って変だよ!』
なんて思いながら、横須賀君とゲレンデに行きました。

当然、スキーもウェアも持っていないので全てをレンタル。

少年時代には変わり者のスポーツだったスノーボードが多数派となり
スキーは少数派となっていました。

『ボードばっかりだ!』
『くそガキがゲレンデに座り込んで、だべっていやがる!』
『邪魔くせー!』
『あんな物のどこがいいのか!』
『なげかわしい!』
竹を割ったような性格(ウソです!)の僕にとって、
横向きに滑るスノーボードは許せないものでした。

スノーボードに対する怒りを横須賀君に愚痴りながら、
僕がレンタルで借りてきたのはスノーボードのセット!!

本当は、やってみたかったんです!
だって、かっこよさそうだしぃー!

ドキドキしながらボードを装着。

最初の感想は『立てねぇー!』
ガニ股の僕には拷問!
『やっぱり、変わり者のスポーツだ!』
『こんなんならスキーのセットを借りればよかった!』

などと、苦情をもらしつつも1時間後には、
右ターンが出来るようになり、
その30分後には左ターンも出来るようになりました。

徐々に転倒する回数も減って、スピードもどんどんアップ。
気がつけば爆走状態、
滑るたびに上達して面白い!
ボードって最高!

『こんなに楽しいのなら昔からやってればよかった!』などと
この日はとにかく、気分の浮き沈みが激しい一日でした。

その頃流行っていた、嵐(ジャニーズ)の「A・RA・SHI」を
うかれた気分で『♪あらし あらし on YHEE』なんて
ご機嫌に歌いながら気持ちよく滑っていた僕。

あっ!一瞬、視界が真っ白、記憶も真っ白。

僕は誰かと激突したのでした。

ボードを谷側にして、体が無事かを確認、
頭部、あばら骨、手、足と触ってみて異常が無いか、
どうやら僕の体は無事。
激突した人を捜すと、10mくらい山側に倒れている、
10代後半の兄ちゃんを発見。

『なんかヤバそう、死んでるんじゃネェーの!』
恐る恐る近づいてみても、『動かないヤベッ!』どうしよう、

逃げようか、大丈夫かと大げさに声を掛けようか、
自分は悪くないと熱弁をふるうか、どうしようかと思いながらも、
数日前に勧誘で会社に来ていた保険屋のおばさんが、
スポーツの怪我も保険金が支払われるって言っていたのを思い出した。
断らないで契約しとけばよかったかな!

でも、この兄ちゃんが障害者になってしまったら、
責任を取って、オレが結婚してやんなきゃなんないのか!

なんて今になって思うとバカなことを考えていると、
兄ちゃんは立ち上がり、
「大丈夫っすよ!!」と言って何事も無かったように、
滑って行きました。

その日は、横須賀君も口の中を4針縫う怪我をしてしまいました。

そんな訳で保険に入りましょう!!

高校の同級生というメンバーで飲み会でした。

普段会わない奴もとにかく集めようぜっ!ってことで、同級生だけど今じゃ同業者で商売敵の目障りな奴にも連絡しました。
奴も商売敵ってこともあってオイラのお誘いに「あー行けたら顔だすよ」なんて可愛くない返事ではあったのですが、内心は楽しみなのが手に取るように分かってしまうのです。
年とともに人の心が分るようになるってのは思わぬ副産物です。

酒を飲むと必ず乱れて暴力的になる酒田乱介が予約を入れてくれた店は繁華街の路地裏の超わかりにくい店で全員が彷徨ってしてしまいました。

飲み会での僕は、ほとんど会話せずにただひたすら飲めるだけビールを飲んで呂律が回らなくなるまで時を待ちます。

舌と口が麻痺してきたら僕の時間です。
次第にテンションが上がり口数も増えていきます。
卒業してから一度も会っていない奴の話、仕事の話、家族の話、パソコンの進化の話・・・

そして、高校の同級生と飲んだ時に必ず話題に出すのは卒業式の夜の話です。
卒業式の夜、ススキノ近くのパーティールームを借りて宴会。
そこには大勢が集り、しこたま酒を飲んだというのが僕の記憶なのですが、誰も覚えていません。

飲みすぎたせいで、みんなにバイバイできなくて、完全な卒業ができなかったんだ!
だからいつまでたっても俺は大人になれないんだ!
すべてはあの夜のせいだ!
今年こそ卒業して大人になるぞ!
俺を卒業させてくれ!

と熱く語る僕の話を誰も聞いていません。

そんなわけで、今回もバイバイできなくて卒業できませんでした。

「あーどうも、ごぶさたしてました」と挨拶をするんですけど、この人誰だったっけ?なんてことがよくあります。

僕の場合は部長とか課長とかの役職であれば覚えておくことができるので仕事関係の人は役職で呼んで誤魔化しています。
でも、役職の無いヒラの人とか微妙な役職の人、サブマネージャーとか執行役員あたりの人は役職を覚えるのも大変なので取引しません。

なんてことは言えるはずもないので、苦労しています。
いちいち、分厚い名刺ホルダーで持ち歩いて名前を確認してから、電話をかけたり会ったりしているので重たく、ほんとは取引したくありません。

僕の場合は身近な人と同じ苗字の人であでば多少、覚えることができます。
なので、日本に多い苗字のベスト5である佐藤、鈴木、高橋、田中、渡辺あたりは、身近な同じ苗字の人とイメージをかぶせやすいので覚られる可能性が高いです。

問題なのは聞いたことが無いような変な苗字の人です。
この人たちは何回も名前を聞いても覚えられなくていつも苦しめられてしまいます。

名前が覚えられなくて一番苦労したのは大学4年生に教育実習で高校へ行ったときで、僕の担当してくれた先生から「君は若いんだから3日でクラス50人の名前と顔を覚えなさい」とプレッシャーをかけられた事でした。

このときは50人の生徒の内、名前を覚えることが出来たのは5人だけ、残りの45人は出席簿に“右頬にほくろ”とか“生意気なガキ”とかメモをしたりもしてみたのですが結局覚えられなく、しかも生徒が生意気でムカつきっぱなしで教師なんて絶対なんねぇぞ!と決心して教育実習を終えました。

僕の嫁の算数力は小学校5年生レベルで掛け算の九九はあいまいで、割り算はできません。
分数や小数点はその意味すら理解しておらず僕が「70%と3割引どっちが安い?」と質問をすると真剣に悩みます。
僕は計算が出来ないことを馬鹿にしたこともあるのですが、人の顔と名前を覚えることに関しては優れています。

僕の友人や会社の上司や同僚等は、一度逢って名前を聞けば忘れることはありません。

そんな嫁は僕の教育実習の生徒でした。

なんて流れで日記を締めくくれたら気持ちいいんですけど、ウソついてまで日記を書きたくありません。

ホントは出会い系サイトでした。